市民インタビュー
新居浜の自然が育てた、サッカー日本代表
サッカー解説者 ・ 新居浜ふるさと観光大使 福西 崇史 ふくにし たかし (新居浜市出身)さん
「遊びほうけてた、っていう言い方は悪いですけど、遊んでばかりでした。小学校の頃は、帰り道に松ぼっくりを蹴って家までたどり着いたり、田んぼの畔道が「近道だ」って、いろいろな田んぼの中を通って帰ったり。国領川で遊んで、びしょ濡れにもなったし、垣生海岸で泳いでいて「大島まで泳いで行けるんじゃねーか?」って…。これはさすがに断念しましたけど(笑)、中学の頃は、川東中の裏山の平尾墓地まで、自転車で足をつかずに漕ぐ、そんなこともやったなあ。めっちゃしんどい。もう行くだけで筋トレ状態(笑)」
インタビュー中にどんどん出てくる遊びの思い出。稲刈り後の田んぼで野球、ザリガニ釣り、山でわらび採り、垣生海岸で魚突き、大島にも毎年行った。新居浜の「山・川・海」をフルに使って遊んだ少年時代。「今やると怒られることも多いですね。昭和の遊び方」と笑う。
小学校の頃から体操も習い、「遊びと体操で体幹と運動能力は鍛えられた」と福西さん。
「でも、自然の中で遊ぶには『考える力』も必要。自分たちで色々考えて楽しい方法を見つけていった」
そんな『体力』と『考える力』は、その後のプロサッカーの試合でも大いに生かされたという。
「今、子どもたちにサッカーを教える機会も多いです。みんな素直でいい子。でも都会の子、いや最近では田舎の子も増えてきたかな『指示を待つ子どもたち』が。自主性っていうか、工夫する力が衰えてるというか。悪い意味じゃなく『突拍子もないこと』をする子どもって少なくなった気がします。でも子どもたちの『想い』って、すごく強い。みんながサッカー選手になれるわけじゃないけれど、それに向かって努力する。サッカー以外にもいろんな目標はあると思うけど『工夫する力』は、どんなことにも必要。僕はそんな『工夫する力』を『新居浜の自然』そして『遊び』の中で培われたんだなと思います」
現在解説者として、日本代表戦をはじめ、Jリーグのさまざまな試合を見る機会が多い福西さん。
「自分の在籍したチームはもちろんですけど、『愛媛FC』『FC今治』には注目しています。地元ですからね。少し前に知人から『新居浜にフットサルのプロチームできたの知ってます?』って聞かれて『あたりめーだっ!』って(笑)。サッカーにしろ、フットサルにしろ、間近でゲームが見れる環境があるのは、子供たちも目指すものがより近くなると思います。『新居浜市のスポーツの環境をどんどん整えてほしいです』って、この間、市長に会った時、話しましたよ(笑)でも、地方でプロリーグを運営する大変さは、僕もよく知っている。愛媛のどのチームにも頑張ってもらいたいな、と思います」
最後に聞いた『指導者としての未来は?』の質問には、
「もちろん考えてます。自分の目標の一つというか、選択肢の一つ。だからこそ(指導者の)S級ライセンスを取りましたし、今はいろいろなチームを見られる環境にあるので、情報集めをしてます。でもチームの『一体感』は大事だな。ゲームに強いだけでは駄目だし、会社として利益も必要だし、スポンサーの協力も地域のサポーターの力も必要。一緒に協力して盛り上げることが大事ですね」
引退から14年。指揮を取る未来はそう遠くないかもしれない。
(写真説明)フリーペーパーHoo-JA! 2004年8月28日 創刊号 紙面
福西崇史さんには、新居浜市企画部シティプロモーション推進課が発行する、シティプロモーション用フリーペーパー「#ニイハマ」にもご登場いただきました。
https://life.city.niihama.ehime.jp/magazine/
フリーペーパーHoo-JA! 2023年10月28日号(Vol.450)掲載
2004年8月、新居浜市のフリーペーパー「Hoo-JA!」創刊号の巻頭インタビューを飾ったのは、当時Jリーグ・ジュビロ磐田所属で、サッカー日本代表だった福西崇史さん。あれから19年、現役引退後はNHK解説者、サッカー指導者として活躍中。福西さんに聞く、新居浜で過ごした少年時代の思い出と、これからの夢。