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新居浜暮らしブログ

2019.10.15

まち

ニイハマ写真部 『まち歩き撮影会』 〜多喜浜周辺〜 振り返り①

藤田 惠

『ニイハマ写真部『まち歩き撮影会』〜多喜浜周辺〜(9月28日土曜日 開催)

集合場所は多喜浜体育館。

こちらが皆さんに配布したルートマップです。

まずはみなさんにご挨拶をして
多喜浜について簡単にご紹介させていただきました。

多喜浜はかつて塩田で栄えた町です。
江戸時代の元禄13年に築造計画がはじまり、
深尾権太輔らによって塩田開発が進みました。
廃田になった昭和34年までの250年以上の間、
別子銅山とともに新居浜の一大産業として栄えた日本有数の大塩田です。
昭和39年以降は、塩田跡地は埋め立てられて、東部臨海工業団地として
新居浜市のものづくり産業を支えて発展し続けています。

今回は多喜浜の歴史的なスポットと、
新しい今の多喜浜を織り交ぜたコースです。

それでは出発しましょう〜〜。
最初の撮影ポイントは、岡城館歴史公園(塩田地主藤田家本家跡)です。
こうじょうかんと読みます。

この場所は、江戸時代は西条藩 多喜浜塩田のお役所だった場所です。
藤田家はそこで惣肝煎役としてお役所勤めをしていました。
その後、明治時代にここが藤田家のお住まいになりました。|

まず、立派な石垣を見ていただきました。
明治初期のものと言われています。

ここで私のオススメポイントがあります。
石の積み方をよく見ると、 円弧を描いているよなデザインに見えませんか?
この部分です。

とっても芸術的だな〜〜。と思うのは私だけでしょうか・・・。

そしてもう1つ注目していただいたのが、
この門の看板。

右から左に読んで、岡城館歴史公園と書かれています。
これは金文(きんぶん)という書体で、
残存する漢字の中で最も古い書体になるそうです。
これを書いたのは、新居浜市の神野俊山さんという方です。
多喜浜公民館にも同じ方が書いたものがありますので、また後ほどご紹介したいと思います。

それでは中に入りましょう。
門をくぐってすぐ右手にある建物が岡城館という剣道場になります。

藤田家12代当主が武芸に秀でていたことから、
邸内に道場を構えて近隣の人たちに剣道を教えたことが始まりで、
それが代々受け継がれいます。
平成16年の集中豪雨でこの地域は大きな被害を受けてしまいましたが、
岡城館はたくさんの門下生や地域の方などの支援で修復することができ、
現在も現役の剣道場として活用されています。

ただ、広いお屋敷は残念ながら修復が難しいということで、
藤田家が新居浜市に寄贈し歴史公園として整備されました。

こちらで、木村さんによる撮影レクチャーの時間です。

敷地のすぐそばを線路が通っているので、列車の撮影も可能です。
撮り鉄さん、いかがですか?

こちらはまだまだ他にもオススメポイントがあります。
それは、母屋の部屋の名前です。
まずは間取り図をどうぞ。

そして実際部屋があったところに、それぞれ部屋名のプレートが立てられています。


ラジオの間は、ラジオを聴く部屋だったのかな?
さっきょくの間は、もしかして作曲していた???
かんじょの間は、想像すらできません。謎です。

他にも、門や建物の装飾部分、灯篭の形やなど、、、
撮影心をくすぐるポイント盛りだくさんです♪
が、そろそろ次の場所に移動です。

ちょっと撮影時間短すぎたかも??
ゆっくり撮影したかった方、申し訳ありませんでした。

それでは次の撮影ポイントに向かって出発です。

次回につづく。



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ステキな多喜浜の写真がたくさんありますので、ぜひ探してみてくださいね!!

藤田 惠

ニイハマ写真部『まち歩き撮影会』案内役/にいはま温故知新隊/しまんと新聞ばっぐインストラクター

プロフィール
別子銅山産業遺産の美しさに心を奪われたことがきっかけで、故郷新居浜の今と昔に興味を持ちました。ニイハマ写真部『まち歩き撮影会』では、ワタシ目線で見つけた新居浜の魅力あるスポットを案内していきたいと思っております。▶︎Instagram

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