市民インタビュー
新田の歴史を、新調太鼓台にのせて
新田太鼓台 新田青年団長 山内 孝太 (やまうち こうた/新居浜市)さん
2025年春、新居浜・川西地区の新田太鼓台が39年ぶりに新調。5月5日のお披露目にはワクリエ新居浜グラウンドに人が溢れるほどの観客が集まった。本来であれば3月に団長交代予定だった山内さんだが、新調を見届けての勇退となる。山内さんに聞く「新田太鼓台 新調物語」。
新居浜屈指の『かき太鼓』としても知られる新田太鼓台が、今年39年ぶりに新調。先代太鼓台よりさらに迫力が増し、新田ならではの歴史を描いた新調太鼓台。5月5日には新たな太鼓台のお披露目を行い、たくさんの観客に新調を祝福してもらった。
新田太鼓台といえば『かき太鼓』。豪快な放り投げに一宮神社から地元までタイヤを付けずに帰洛する『帰路がき』も祭りファン期待のひとつ。2トンを超える太鼓台を人の身体だけで運ぶ帰路がきは長年封印されていたが、数年前に復活。その昔には「地元まで帰れた」という話もあるそうだが、近年はまだ帰洛には至っていない。「やはり先人達の足腰の強さには感服です」と山内さん。今年こそ帰路がきが成功できるように、今から気合を入れている。
また新田地区は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将『楠木正成公』に縁のある地域といわれている。建武の乱以降、南朝に仕えた楠木正成公は新田義貞・北畠顕家とともに南朝側の一翼を担っていたが、湊川の戦いで討ち死に、その忠義や才覚は南北朝時代から現在まで変わることなく評価され続けた。そして時代は変わり、楠木正成公の子孫が新居浜市に移り住み、「かつて水災が絶えなかった新田地域を開拓した」と語り継がれている。そんな楠木正成公ゆかりの地として、新しくなった太鼓台の飾り幕には、楠木正成公の活躍を物語仕立てに描かれている。
この新調は、約6年かけてようやく実現した夢のカタチ。もちろん話がトントンと進むことはなく、青年団や自治会の大勢の人たちで何度も話し合いが重ねられた。大きさや絵柄決め、そして縫師さんとの打ち合わせ。太鼓台への愛情が強い分、皆の意見もぶつかり「まとめることが大変だった」と振り返る。中でも幕に描く楠木正成公の絵柄決めは、難航を極めた。絵を描いて形を作っていくことを得意とする金鱗の合田縫師さんにお願いし、描きたい物語を伝え、絵を描いてもらって打ち合わせをする。何度も何度も意見を交わし、ようやく皆が納得できる幕の絵柄が決まり、6年の月日を経てようやく完成を迎えた。
青年団員が完成を見たのは、お披露目前日の夕方。新しくなったものを手に取りながら組み立て、皆で完成を見た時の感動は「格別だった」と山内さん。そして翌朝は一宮神社で神事を行い、ワクリエ新居浜でのお披露目となった。先代太鼓台より力強さが増した飛龍を見て、地域の方も「迫力があって大きく見える」と喜びの声をもらったという。
さらに勇壮さが増した新田太鼓台。次に見られるのは10月の新居浜太鼓祭りの予定。本祭りではたくさんの観客に新たな姿を祝ってもらい、一宮神社での勇壮華麗な担ぎを見せられるよう、今から気合十分。本祭りに向けてボルテージは今から上がっていく。
新田青年団 https://www.instagram.com/shindenseinendan/
新田太鼓台 https://www.facebook.com/profile.php?id=100067028591512
フリーペーパーHoo-JA! 2025年5月24日号 Vol.498 掲載