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市民インタビュー

「デフバレー」で世界に挑んだ医師

十全総合病院 耳鼻咽喉科医師 デフバレーボール日本代表  狩野 拓也(かのう たくや/新居浜市)さん

重い難聴を持って生まれた狩野さんは、現在補聴器と人工内耳を装着しながら、十全総合病院の耳鼻咽喉科の医師として、患者と向き合う毎日。そして、昨年開催された聴覚障害があるアスリートによる「第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025」バレーボール男子に、日本代表として3大会連続で出場した。「医師」と「デフバレー選手」、二刀流の狩野さんにインタビュー。
「コートの中でのコミュニケーション術はまさに多言語」

そう話すのは医師であり、デフバレー・日本代表の狩野拓也さん。聴覚障がい者のコミュニケーションの方法はさまざまで、補聴器や人工内耳により微かな音と口の動きを読んで会話する人もいれば、手話や筆談で会話する人もいる。コートの中で「仲間にどう伝えるかを考える」ことがデフバレーでは必要不可欠。コミュニケーションの方法以外はルールもすべてバレーボールと同じ。「どうやってコミュニケーションをうまく取るか」が一番の課題だという。

生まれつき重い難聴がある狩野さん。親戚が学生時代にバレーボール選手として活躍するのを見て「自分もやってみたい」と中学でバレーボール部に入部した。当時は補聴器をつけて部活動に励んでいた。デフバレーに出会ったのは12年前、大学生の時。聴覚障がいを持つ医学生の団体に所属しており、その縁でデフバレー日本代表監督と出会った。早速「日本代表選考合宿に参加してみないか」と誘いを受ける。デフバレーの最初の出会いが日本代表選考合宿というから驚きだ。しかしデフバレーは練習環境が整っておらず、合宿に参加した当初は「メンバー内での技術の差が大きいな、という印象だった」という。そこから何度も練習とコミュニケーションを重ね、少しずつ世界で戦えるチームへと成長した。
 デフリンピックでプレイ中の狩野さん(背番号7)

デフ(Deaf)とは英語で『耳が聞こえない』という意味で、デフ+オリンピックで『デフリンピック』。なんとパラリンピックより長い歴史を持つ国際大会のひとつ。昨年11月に開催された記念すべき100周年、『第25回夏季デフリンピック競技大会』の開催地は東京。狩野さんは今回で連続3大会目の出場を果たした。過去二度出場したデフリンピック以上に、三度目のデフリンピックの思い出はひとしお。日本開催ということもあり、全国から応援団が集まってくれた。新居浜から応援に駆けつけてくれた人もおり、勤務する十全総合病院内でも職員が集まってパブリックビューイングが行われた。「本当に多くの方の応援とサポートで選手生活が送れているのだな、と改めて実感することができ感謝しかありません」と狩野さん。「これからは医師として患者により向き合い、応援してくれた人に恩返しをしていきたい」と話す。
十全総合病院ロビーに飾られる横断幕

今回のデフリンピック出場をもって、狩野さんは選手を引退。耳鼻咽喉科の医師として、これまで以上に耳に障がいを持つ方と向き合っていく。5年ほど前まで補聴器を装着して仕事をしていた狩野さんは、微かな音と口の動きで予想しながら会話をしていたが、コロナ禍のマスクで口の動きが見えなくなり、人工内耳手術を受けた。現在は静かな場所であれば9割以上聞き取れ、日常生活に支障はない。

しかし人工内耳をつけたとしても、にぎやかな場所での会話は難しく、緊急時の放送や館内放送などが聞き取れないこともあるという。聴覚障がいを持つ人も社会の中で安全に暮らせるように、私たちの理解も深めておこう。

フリーペーパーHoo-JA! 2026年1月31日号 Vol.514 掲載

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